2017-10

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シラネアオイ もがみの旅⑥-3

シラネアオイ2012-06-20 12_14_51_jpg_480

大好きな花が咲いていた!この美しい色、姿。
霧の秋田駒で見た時も、またしっとりと濡れて、この青さが際立ち、神秘的な感じもした。
高山植物は頂上に近づくと、次々と可憐な姿を見せてくれる。この頃は結構長時間歩いてヘロへロになる頃。だからこそ出会えるともう最高!!疲れが吹き飛んでしまう程だ。
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あら、もう「怒り新党」の日だったのね・・・さりげに話題に触れて早、1週間。
実は昨日、突然のお誘いで久々山へ。コースは

上養沢~大岳沢コース~大岳山~御岳山
 集合場所 ・・・ 武蔵五日市駅 8時までに。

ふぅ~可愛い孫の話題を書いているけれど、日々おさんどんであっという間に今年も三分の一以上過ぎていた!!
筋肉って本当に衰える。若い時は、少し位運動しなくても、そんなに気にならなかったけれど、歳を重ねて来ると、ものすごくわかる・・・つまり普通では足らない。少し負荷がかかっている、少し大変と思う位、大げさに言えばちょっと自分と闘って来る、位の気持ちにならないと「普通」が保てないのかもしれない。歳をとる程、健康であるって努力が要るのかもしれない・・・ああしんど。

正直、チマチマ音符をいじって、ああでもないこうでもないと一日中でも遊んでいたい私、コーヒーでも飲んで家であれこれ夢想しているのが最上の喜びだけど、それじゃ体にいい事ないよ、わかっちゃいるけど止められない。

朝は正直苦手。「朝の時間を制する者が人生を有効に生きられる。」なんてハウツー本は2,3行読んだら自分には意味がないと思ってパタンと閉じてしまう・・・

けれど山だけは早起きしなくてはならない~これ、乗り越えるのも大変なんだわ、遊ぶ為でも!
大体山好きな人達は、立川、三鷹、国立等、中央線の沿線に住んでいて、高尾山は散歩かトレーニング場。
そこに行くと世田谷は遠すぎる。けれどグチを言っていても始まらない。5時起きじゃ!

で、集合。今日は計5人。バスに乗って麓まで行く。
歩き始めるとすぐわかる。ダメだこりゃ。みんな5月下旬に泊りがけの山行があり(私は行かないけれど)それに向けて相当鍛えて来たな~ それでもしばらくすると体は慣れて来た。な~んて気持ちの良い空気。若葉、春の花、せせらぎ。歩くだけでエネルギーが取り込まれて行く感じ。来てしまえばいいんだ。

それでも結構歩いた~いろいろあって、もう下りはケーブル使おうという事になったのだけど、最後の所で2組に分かれて歩いたもう一方の二人が遅くなり、わずかの所で届かず、ケーブルは出発してしまった。
次の出発まで30分待つなら、という事で茶屋で皆で一杯、喉を潤して帰路についた。

そうか~家に着いて携帯の万歩計を見たらいきなり29233歩、17km歩いていた。
その前々日はと言えば、238歩、140m。
まあね、在宅の日は家の中で携帯を持ち歩いている訳ではないから、140mはないと思うけれど何だろう、この差。

そう、さすがに久々でくたびれ果てたけれど、何故か「怒り新党」の時はお風呂も入ってさっぱりして聞き入ってしまった。

そう、丁度娘のお産があったでしょ、マツコさんの仰る事には、頷く事が実感としてすごくあって・・・
やはりね・・・以前、私がFM世田谷でも話しているけれど、昔の私達世代はクリスマスケーキ世代でしょ、24、25歳、つまりクリスマスの24、25日を過ぎ、26歳以降は売れ残りと嫌なレッテルを押される風潮があって、
「あ~大学卒業と思ったら、もう結婚を考えなくちゃならない・・・」でも追われる様に皆、勤めた人も1,2年で寿(ことぶき)退社、結婚、出産というパターンだったのよね。

今の若い人達は結婚前にいろいろやれていいなぁという思いがあったけれど、ちょっと仕事を頑張っていたら、すぐ30歳よね。結婚だけならともかくも、赤ちゃんが欲しいなら、そこは限界年齢があるという事、そこは確かに大きい・・・社会の風潮として、これからもっとどんどん声を大にして伝えて行くべき事なのかもしれない。

私達世代から見れば、結婚前に仕事であれ、独身貴族であれ、そんな自分中心の時間があるという事自体が、いささか羨ましい位の思いもあったから、あまり子供達に口うるさく結婚や出産を急がせる傾向がなかったのかもしれないし。まあ、それは家の考え方にもよるでしょうけど、真剣に考えた方が良いのは確かかも。

伊万里6


そして長い登り窯。
 
佐賀藩は外様の藩。という事は、関ヶ原の戦い以前から徳川幕府に仕えた譜代大名に比べ、幕府との関係が密な藩ではないのですね。
佐賀藩の鍋島家は秀吉の命で朝鮮に出兵し、陶工を連れ帰って焼き物が盛んになって行ったという。
 
鍋島焼きは御用窯、つまり幕府への献上品や公家の贈答品や日常品として焼かれた物で、高い技術で描かれた赤、黄、緑の色の絵付けが特徴だ。
 
職人の技術は代々受け継がれ、門外不出。他の藩に抜け出そうとしたら首切りの刑になったというのだから恐ろしい。
 
そんな話は、ベネチアングラスの製法が絶対秘密で、聞いた事がある。
 
そういう質の良い焼き物を献上する事で、外様藩でありながら、幕府から一目置かれていたようだし、一方では、オランダ東インド会社との貿易で富を得て行く。初日に見た伊万里津(港)付近も、当時はどんなに賑わっていただろうと想像する。
 
そして現在。
買うつもりで来た訳ではないものの、一応何軒かお店を老舗を含め覗いてみた。が、特に老舗の伝統的手法のものは大変高額だ。一般人が行けばそれは当たり前な事である。ただ金額だけではなく、デザインだって必ずしも古典的なものが、現代人の誰も彼もに好まれているという訳でもない。
 
…しかしそうなると、作り手はこれからどうやって伝統と関わって行くのか?
 
現代的で使いやすく、そこそこお手頃な価格ならば、売れるかもしれないけれど本来の伝統って何なんだ?
 
じゃ、技術を駆使して、自分の想像力を余すところなく掻き立てた素晴らしい作品を作ったとしても、御用窯というような強力なバックアップなしでは、どうやって生計が立てられるのだろうか?
 
モーツァルトの時代ではないけれど、パトロンなしでは、深い芸術性の高い作品は生まれにくいかもしれない。ほどほどの時間的、経済的余裕がないと日常雑器は出来ても、芸術的な作品、そういう器は無理でしょうねぇ…といろいろ考えさせられた旅でした。

伊万里5


こんな陶磁器の破片で出来ている

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