2017-06

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被災地訪問⑥

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先程の、薪ボイラと薪割り機のあった一角の、一番海に張り出している場所に、ひっそりと真っ赤な神社が建っていた。これが私が今回の被災地訪問で、最も忘れる事の出来なかった光景だ。

ここ一帯は荒れ狂う津波が押し寄せ、何もかも、根こそぎ持って行ってしまった場所だ。一見何事もないかのようであるけれど、ガランとしたその骨組みは、胸に差し込むように強烈だった。そんな満身創痍でいながら、前で腕をグッとひろげてスックと立つ鳥居と共に、青空の中に凛と建っていた。その姿に私は思わずしばらく手を合わせないではいられなかった。

誰が建てたのか、ここの土地の所有者なのか、それもわからない。毎日漁に出て行く者の無事を願って建てられたものなのかもしれない。けれど、この向こうで起きた恐ろしい出来事を、この小さな神社は自らも津波にもまれながら、どんな思いで感じていただろう・・・どんなに無念の思いでいただろう。

けれど今、この真っ赤な神社の向こうには、穏やかな青い海が広がっている。

神社の向かい側には、外国製の燃えるような赤い色をした薪割り機と、オレンジ色の薪ボイラが置かれている。
何より、夢に向かって語ってくれる、行動的な熱い血潮の東北人がいる。

この骨っぽい神社は、一歩を踏み出す人を、きっと此の地でずっと見守っていてくれる。


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被災地訪問⑤

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この赤い機械は何でしょう?!これはフィンランド製の薪割りの機械だそうです。これを購入するにあたっては、某自動車メーカーの援助があったとか。主人の会社が要請を受けてすぐ輸入したそうです。手短に言えば、主人はこの機械がちゃんと到着して、どういう状態になっているのかを一刻も早く確かめたかったようです。まだ、梱包も解かれたかどうかの状態、これから組み立てる状態かと思っていたら、速い!もう組み立てられていていました。とにかく、あの地震と津波の後を現場で乗り切った人達なのです。どんどん何でもやれるのですねぇ、たくましい!
「箱が届いたら、もうじっとしてなんかいられませんでしたよ。とにかく早く組み立てたくって!」
にこやかに笑ったH氏のステキな笑顔が今も忘れられません。あとはガソリンを入れて動かすだけです。

あの時のお風呂を沸かす為に、炎天下でも薪を黙々と割ってくれた女性が、ここで薪を作る仕事を手伝いたいと言っていらっしゃるそうです。

ところで、この付近の山は結構漁師さんが所有しているのだそうです。でも、山の整備にはなかなか手が回らない。それで、その整備をさせてもらう代わりに、間伐材をもらい受けて来る。実はこの場所に来る前に、丸太を積んだ置き場を見せて頂きました。質の良い丸太はそのまま売り(柱とか、建築用)その他は木工加工して、椅子やテーブルに、更に細い小さなものは小物製品として、例えば木のスプーン等を作って行きたいとの事。

「手の入っていない山が幾つもあるから、いずれこれが、地元の漁師さんの収入に結びついて来れたらと思ってね。」
山に手を入れる事で山が蘇る。その間伐材を利用する事で新たな収入が生まれる。この流れが少しずつ実を結んで行けば、H氏の仰るように雇用も生まれて来る可能性がある。

H氏は此処に薪の生活のコミュニティを作りたいと言っていらした。
「じゃ、震災後のお風呂で役目が終わったと思っていた薪ボイラもまだ活躍の余地が?」
と言いかけると
「勿論、まだまだこれからも薪ボイラは大切に使いますよ。」
とH氏は力強く仰った。

被災地訪問④

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前回からだいぶあいてしまいましたが、もう少し被災地訪問の画像を続けます。
震災直後、お風呂のお湯を作るのに活躍してくれた薪ボイラ・・・ありました!もう今は役目を終えたと聞いていましたが、何処に行ったのかとおもったら・・・それは海岸のすぐ近くでした。

お風呂を造った場所は、一時的に町?(公共機関)が貸し出していた場所で、仮設住宅が出来上がってからは、撤去しなくてはならなくなった事は以前書いたと思います。このボイラの置いてある海辺の土地は、元々所有者がいらっしゃる訳ですが、この一帯が津波でやられてしまい、同じ場所に再建する訳にも行かなくなりました。

それで所有者の方は、H氏が、間伐材の利用を中心に、この大槌町の復興を考えていらっしゃるのを知り、この土地を活動の拠点にする事を快く了解して下さったそうです。それで此処にボイラを設置したというお話でした。ボイラの後ろのプレハブには、木を伐採する為の道具が沢山しまわれていました。

この日は、このあたりでは珍しいと言われる程、穏やかな日でしたが、風が大変強い場所との事で、建物もボイラもワイヤでしっかりと固定されていました。

被災地訪問③

大槌③IMG_7097_convert_20120124235747

ここの仮設住宅が一番規模が大きくて、約200世帯入られているとの事でした。仮設住宅にはあちこちの入り口に黄色い旗が立てられていました。
それが何かを伺いそびれたのですが、以前、テレビでこの黄色い旗を見たがあります。それは仮設住宅ではなく、ある村の話だったのですが、一人暮らしのお年寄りが元気でいらっしゃるかどうかの旗印だと言っていました。
朝、起きたらお年寄りは自分が元気だという事を知らせる為に、黄色い旗を入り口に掲げる。その後、登校する時子供達はそれを見て、「どこどこのおばあちゃんの家では今日も旗が出ていたよ。」という風に先生に伝え、旗が出ていなかったお年寄りの家の様子を見に行く、というものでした。それはお年寄りを地域の皆で見守るいい方法だと思ったのですが、なんでも、声を掛けして欲しさに、わざと旗を出さないお年寄りもいらっしゃるとの事でした。
この旗はその村と同じような役割をしているのでしょうか?

被災地訪問②

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ここは仮設住宅が建てられている敷地です。向こうに海が見えますが、その奥が山田町で、ここも大きな被害のあった町です。津波はこの画面でいうと右側から押し寄せ、左側の崖を直撃しました。ここは急な崖で人は住んでいないようですが、そこからこちらの大槌町、対岸の山田町に波が分かれてそれぞれの町を襲ったそうです。

手前のフェンスがなぎ倒されていますが、ここまで津波が到達したそうです。ここは海から20m位の高さではないかとH氏は仰っていました。この真下は何となくスペースがあるように見えますが、そこは地震直後は瓦礫の山だったそうです。そして、とにかく瓦礫を至急取り除いて、緊急のヘリポートを作ったという事です。

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