2012-02

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静岡から見る富士山2

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少しこの画像は富士山が遠いですね~ご勘弁を。しかもだいぶ日が傾いてからの画像です。
これは清水港からの富士山。私が子供の頃から慣れ親しんだ富士山は、こんな風に駿河湾の向こうにいつも気品良くたたずんでいました。先程韮山から見た富士山をアップしましたが、、その宝永山は清水から見ると富士山の右側に少し盛り上がった形をして見えるのです。つまり、荒々しい火口は見えません。左右ほぼ対称に流れるように裾野が広がり、夕方になると、日によってはこの富士山頂付近の雪が薄紅色に染まって行くのですが、それはそれは素晴らしい光景です!

子供の頃は、もう少し画像右側の灯台のある岸壁で、近所のおじさんに連れて来てもらって釣りもしました。いえ竿も何も要らないのです。ただ釣り針に餌をつけて釣り糸を海に垂らして行くと、すぐ手ごたえがあって、小鯵が釣れたんです。

それから、昔はポンポン船と言って(小さな船のエンジンの音?!)ポンポンと音がする船に乗って、対岸の三保に渡ったものです。三保は天女の羽衣の松で有名ですね。でも、そちら側は駿河湾に面した外海で危険な為、遊泳禁止。
三保は地図で見たら良くわかりますが、砂嘴(さし)と言って、小さな半島のように突き出ているので、その内側が海水浴場となっていて、よく泳ぎに行ったものです。でも、内海は波はなくて良いけれど、清水港は貿易港で結構油が浮いていたりできれいじゃないといって、真崎海岸という、結構、外海に近い方の海の家に行って泳ぎました。
けれど、やはり潮の流れがかなり速いんです。それで、皆その辺の事は承知していて、海の家の目の前からは海に入らず、潮の流れに逆らって海岸をしばらく歩いて、そこから海に入りました。そうすると自然に流されて、そろそろ海から上がりたい頃、その海の家の前辺りに到着しているんです。更に、ここの海は急深です。海岸から比較的近くで突然足が立たなくなるんです。ですから、親もかなり大きくなるまでは、子供同士で海に行くのは許してくれなかった覚えがあります。でもそんな思い出も束の間・・・学校にプールが出来て、海に泳ぎに行く事も少なくなりました。

東京に住んでみて、何気なく毎日のように見ていた景色が、とても贅沢だった事に気づかされます。

この後、富士山の頂上が笠雲のような雲で覆われ、私が何気に「あ、お天気崩れそうだわ。」とつぶやいたら、後で友人が、「富士山の表情でお天気がわかるなんてホント、素敵。」とメールで書いてきてくれました。
そんな風に、毎日のお天気も何気なく眺める富士山で感じていたのだと、逆に気づかされました。
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静岡から見る富士山1

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私の生まれ育ったのは静岡。という訳で、さすがに高齢とはなりましたが、元気に暮らしてくれている母に会いに姉達と交替で時々実家に行きます。いつもは一人で行くのですが、今回は事情が違いました。

学生時代の親友が かねてから静岡の久能山東照宮に、一度行きたいと言っていたのを実現したのです。
どうせ行くのならと、行きは伊豆の韮山にあるお寺と、修善寺に寄りました。
韮山から見た富士山がこれ。お天気が良かったので富士山は素晴らしかったです。
わかりますか?富士山がこちら側(伊豆側)から見ると、中央にぽっかり穴が開いたように見える。
宝永年間に噴火して、宝永山が真正面に見えるので、どことなく荒々しいというか、富士山が切り立って迫力があるように思えるのです。

リフレッシュ

 
何処かに行って来た時の話題の多い私ですので、何だかよく出掛けていると思われがちです!
 
実際は数ヶ月あいている事が多いのですが(笑)
 
さてはて此処は何処でしょう?
 
はい、スキー場です。
 
中年の皆さん!スポーツしていますか?
 
スポーツ観戦の話題もよく取り上げる私ですが、スポーツはするのですか?と聞かれたら、まず、ご存知、ハイキングや山登りを少々…そして冬場はスキーです!こればかりはプロフィールに書いてあります!
 
若い時は好きでよく行きました。けれど子育て中に数回子供達をスキーに連れて行った後はバッタリ行かなくなりました。
 
が、ここに来て子供の手も離れ再開し始めました。服装は?靴は?スキーは?と、結構支度の要るのがスキー。それだけでも腰を上げるのが最初は億劫に思えましたが、最近の貸しスキーや靴は良いので借りればいいやという所から始めました。
 
この日は好天に恵まれ絶景。冬景色はまたステキ。
 
お勧めですよ。昔と違ってリフトは待たないし、ゲレンデはガラガラ、しかも整備されていて、コブもほとんど無い。スキーが曲がり易くなったので、昔やっていなかった人でもむしろ癖がなく入りやすいという話も。
 
あーリフレッシュ
とにかくやっぱり来て良かった!

フィギュアスケート 難技の得点は?

さて戻って日々雑感です。

フィギュアスケート四大陸選手権は、真央ちゃんが2位でしたね。辛い事のあった後だけれど、よく頑張って。
しかしトリプルアクセルとは本当に難しいものなんですね~ 最近、他の人、やっていませんもの・・・

確か、前回のバンクーバーオリンピックでは、男子のライザチェクが手堅く3回転でまとめて金、4回転王者?!のプルシェンコが銀。
その後「これでは誰もが難しい4回転という技に挑戦しなくなってしまう。」とプルシェンコが言ったとか。
勿論、3回転、4回転だけで得点が決まるものでもなく。

たとえばキムヨナさんはトリプルアクセルを一つも飛ばなくても金メダルですが、やはりそれだけの演技でした。

けれど、いつもあんな息を詰め、難しいトリプルアクセルを見つめているのに、思った程、得点が伸びないような気がするのは私だけ?リスクの高いものに挑戦した者には、それだけで加点があって欲しいです!

え~っとこれは以前書きましたが、ショートの「シェへラザード」のブルーのパンツ姿衣装、気に入っていたんです。今回は水色で、短めでした。率直に言うと、前回の衣装で登場して欲しかった。けれど、やはりパンツ姿ではない方がトリプルアクセルを飛びやすいと言われたら、これはもうアクセル優先ですね。


被災地訪問⑥

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先程の、薪ボイラと薪割り機のあった一角の、一番海に張り出している場所に、ひっそりと真っ赤な神社が建っていた。これが私が今回の被災地訪問で、最も忘れる事の出来なかった光景だ。

ここ一帯は荒れ狂う津波が押し寄せ、何もかも、根こそぎ持って行ってしまった場所だ。一見何事もないかのようであるけれど、ガランとしたその骨組みは、胸に差し込むように強烈だった。そんな満身創痍でいながら、前で腕をグッとひろげてスックと立つ鳥居と共に、青空の中に凛と建っていた。その姿に私は思わずしばらく手を合わせないではいられなかった。

誰が建てたのか、ここの土地の所有者なのか、それもわからない。毎日漁に出て行く者の無事を願って建てられたものなのかもしれない。けれど、この向こうで起きた恐ろしい出来事を、この小さな神社は自らも津波にもまれながら、どんな思いで感じていただろう・・・どんなに無念の思いでいただろう。

けれど今、この真っ赤な神社の向こうには、穏やかな青い海が広がっている。

神社の向かい側には、外国製の燃えるような赤い色をした薪割り機と、オレンジ色の薪ボイラが置かれている。
何より、夢に向かって語ってくれる、行動的な熱い血潮の東北人がいる。

この骨っぽい神社は、一歩を踏み出す人を、きっと此の地でずっと見守っていてくれる。


被災地訪問⑤

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この赤い機械は何でしょう?!これはフィンランド製の薪割りの機械だそうです。これを購入するにあたっては、某自動車メーカーの援助があったとか。主人の会社が要請を受けてすぐ輸入したそうです。手短に言えば、主人はこの機械がちゃんと到着して、どういう状態になっているのかを一刻も早く確かめたかったようです。まだ、梱包も解かれたかどうかの状態、これから組み立てる状態かと思っていたら、速い!もう組み立てられていていました。とにかく、あの地震と津波の後を現場で乗り切った人達なのです。どんどん何でもやれるのですねぇ、たくましい!
「箱が届いたら、もうじっとしてなんかいられませんでしたよ。とにかく早く組み立てたくって!」
にこやかに笑ったH氏のステキな笑顔が今も忘れられません。あとはガソリンを入れて動かすだけです。

あの時のお風呂を沸かす為に、炎天下でも薪を黙々と割ってくれた女性が、ここで薪を作る仕事を手伝いたいと言っていらっしゃるそうです。

ところで、この付近の山は結構漁師さんが所有しているのだそうです。でも、山の整備にはなかなか手が回らない。それで、その整備をさせてもらう代わりに、間伐材をもらい受けて来る。実はこの場所に来る前に、丸太を積んだ置き場を見せて頂きました。質の良い丸太はそのまま売り(柱とか、建築用)その他は木工加工して、椅子やテーブルに、更に細い小さなものは小物製品として、例えば木のスプーン等を作って行きたいとの事。

「手の入っていない山が幾つもあるから、いずれこれが、地元の漁師さんの収入に結びついて来れたらと思ってね。」
山に手を入れる事で山が蘇る。その間伐材を利用する事で新たな収入が生まれる。この流れが少しずつ実を結んで行けば、H氏の仰るように雇用も生まれて来る可能性がある。

H氏は此処に薪の生活のコミュニティを作りたいと言っていらした。
「じゃ、震災後のお風呂で役目が終わったと思っていた薪ボイラもまだ活躍の余地が?」
と言いかけると
「勿論、まだまだこれからも薪ボイラは大切に使いますよ。」
とH氏は力強く仰った。

被災地訪問④

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前回からだいぶあいてしまいましたが、もう少し被災地訪問の画像を続けます。
震災直後、お風呂のお湯を作るのに活躍してくれた薪ボイラ・・・ありました!もう今は役目を終えたと聞いていましたが、何処に行ったのかとおもったら・・・それは海岸のすぐ近くでした。

お風呂を造った場所は、一時的に町?(公共機関)が貸し出していた場所で、仮設住宅が出来上がってからは、撤去しなくてはならなくなった事は以前書いたと思います。このボイラの置いてある海辺の土地は、元々所有者がいらっしゃる訳ですが、この一帯が津波でやられてしまい、同じ場所に再建する訳にも行かなくなりました。

それで所有者の方は、H氏が、間伐材の利用を中心に、この大槌町の復興を考えていらっしゃるのを知り、この土地を活動の拠点にする事を快く了解して下さったそうです。それで此処にボイラを設置したというお話でした。ボイラの後ろのプレハブには、木を伐採する為の道具が沢山しまわれていました。

この日は、このあたりでは珍しいと言われる程、穏やかな日でしたが、風が大変強い場所との事で、建物もボイラもワイヤでしっかりと固定されていました。

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