2012-05

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桂離宮

緑燃える季節となって来ました。
長い事、書きませんでしたね~ 前回ご報告の通り外国のお客様で4月が過ぎ、5月は二週続けて山に出掛け、その後土日冠婚葬祭が2つ・・・さすがに疲れました!

先週末には遂には風邪をひいた?!「馬鹿は風邪をひかない?!」という言葉にもしかしたら近いかも・・・という位、自慢じゃありませんが、私は近年風邪もほとんどひかなかった(笑) というか風邪は、ちょっとしたコツで乗り切れると信じ実践して来ていたのです。外出後必ずうがい手洗いをする。ちゃんと食事を摂る、眠る。でもそれでもいろいろ立て込んで体に無理が来た時に、あれっ?!という予兆、例えばちょっとゾクゾク来る症状が出たらその瞬間に市販薬でもいいので飲む。これでほぼ乗りきれて来ていたのですが・・・

先週電車の同じ車両でものすごく咳込んでいる若い女の子がいて・・・周囲からのヒンシュクものは、その子はマスクもしていない、というのはそれもそのはず、片手にジュースのカップを持って飲みながらも咳が止まらない状態なのです!ま、それでも私の4~5席向こうだからまあ、いいかなと思っていたら、次の駅で隣がズラリと下りてしまい、その子が私の隣に詰めて来た!キャッやめて、来なくていいのに!

こういう時は自分を守る為に、即立ち上がって席を移動すべきだったかも。でも何か雰囲気的にタイミングを逸してじっと1駅ハックション、コホンコホンにひたすら我慢でしたが、やはり耐え切れず次の駅で隣の車両に移動しようと立ち上がったら、なんだ、その子は次の駅で下りてしまいました。
咳の為に結局自分の席を失い、立ち詰めで帰り、帰宅して大急ぎでうがいも手洗いもしたけれど、数日してから急に咳が止まらなくなりました!不思議です、熱も全くないし、食欲もある、だけど喉だけがやられている。病院に行ったら、中年の人を中心にこの手のカゼがすごくはやっているとの話です。要ご注意を!おかげさまで私はほぼ直りましたが。

まー前置きが長くなりましたが、前回ご報告のドイツからの客人の話を少し。
親子でいらしたのですが、お母さんの方は学生時代は建築を勉強していて、趣味が織物を織る事。娘の方はデザインを勉強している。という事で、日本での旅行もただの観光旅行というより、もう少し目的意識も見たいものも調べてあって、こちらもその対応に飛び回りました!

「桂離宮」には相当の思い入れがあったようで、ドイツでも企画展があって見て来たとか。
ただ、実際には建物の内部には入れないので残念に思ったようですが、それでも建物が美しいと言っていました。
桂離宮は江戸初期、八条宮智仁親王の別荘として創建され、その子智忠親王と親子二代に渡って完成されたものだそうです。

「月」にこだわり、どの位置、どの角度から見上げれば月が美しく眺められるか、また手水鉢に映り込んだ月をひしゃくで汲み取る発想とか、意匠に月の漢字をデザイン化した取っ手を使うとか、調べてみれば、いろいろ興味深い事柄がありました。現代人は空に上がった月を眺める事が多いけれど、昔の人は上がって来る月と、その後天空に上がった月との両方を楽しんだ、つまり長い時間をかけて月を愛で楽しんだのでしょうね。それは忙しい現代人には忘れられている時間との関わり方かもしれません。

私が「月」で一番強烈な印象を受けたのは、山小屋で、何気なく小屋の外に出て爺ヶ岳という山の方角を見た時、その山の際が突然輝き出し、「何が始まったの?!」と思って眼を凝らしていたら、どんどんその輝きが明るさを増して、突然、山が出産?!あるいはポンと吐き出すように銀色の月が中空に突然飛び出て来た事です。それからその月がグングンと空を昇って行った事。高度や大気の関係でしょうか、平地では見られない光景でした。そう言えばその日は丁度満月で、カメラマンの人は雲の下ではなく、山を登って雲の上に出て撮るんだよと言っていました。

話を戻しますが、そのゆったりとした時間の中で日本人が何を見たり感じて来たか、という事については、「お茶事」という世界でも気づかされる事があります。先程のドイツ人の親子さん、お母様の方は初来日ですが、娘さんは今回が来日3度目。初めて日本に来て、我が家に滞在して行った時、私は彼女を私の実家に連れて行った事があります。私の母はお茶を長いことやっていて、教えてもいるので、たまたまその日、お茶室を開けてお稽古をするというので連れて行きました。母が椿の花の蕾を壺に活け床の間に置き、
「ゆっくりとお茶の時間を進めて行くとね、お客様がお帰りになる頃には、少しその堅い蕾がほどけて開くの。」と話したら、彼女は眼を輝かせて、「そういう日本人の感性って素晴らしい。」と言うのです。
正直、そういう話を母から直接聞いた事はなかったので、私はむしろ彼女を連れて行けた事に感謝しました。
知っているようで知らない事、気づかされる事は、外国人のお客様と付き合う事でハッとさせられる事は多いものです。

先程の八条宮智仁親王は、元々、豊臣秀吉にはご承知のように本妻のねねとの間に子供がなかったので、そちらに養子のような形で入る事にも決まっていたようです。ところが、茶々との間に子が生まれて、手っ取り早く言えば
「あの話はなかった事にしてくれ。」という事になり、その代わり初代の八条家を創設する事になったという事でしょう。
その事を智仁親王がどう受け取ったかはわかりませんが、ある意味、これで政治的なドロドロや権力闘争に巻き込まれる事もなくなる訳です。そして、元々持っていらした美的感覚やセンスを発揮し、すべてを緻密に計算し考え抜き、桂離宮という世界で思う存分実現したのかもしれません。でも、粋を極めるという事はまたそれなりにお金もかかる事で・・・その後建物も庭園も荒廃したようですが、その子の智忠親王が加賀の前田家の姫と結婚する事で財政的援助を得て復興、増築して今に至ったというのです。

そこで先程のドイツ人の今度はお母さんの質問。
「こんなに素晴らしい建物が京都にあって、しかもそれは別荘だという。日本の天皇ご一家はどうして休暇にこちらに滞在されないの?ヨーロッパでは、王室はよく夏の間、古城で過ごされるけれど。」

むむむ・・・すぐ答えられない・・・
「だって現実、夏なんか、ここに泊まったら蚊で大変だと思わない?クーラーもつけられないでしょうし、トイレも昔のスタイルのままでしょ・・・」

「これは文化財でしょ、すべてが貴重でふすま一つうっかり傷つけられないなんて滞在していても静養どころか落ち着かないかも。」

「皇宮警察は警備が大変じゃないの?那須、下田の御用邸にしても東京近郊なのは警備上の問題もあるのかも。」

あれこれ思い巡らしてみる。建物が木の文化か石の文化かでも違うし。でも一番違うのはこの建物が、やはり文化的価値の高い日本の大切な遺産だからかも。




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