2013-12

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最初のピアノの先生 その7(中学時代)

そういうものなのかもしれない。私は今、いつでも自由にピアノを止められる環境になった瞬間、今までかれこれ10年、4歳の頃から二週に一度はピアノのレッスンを続けて来た事を思い出していた。

I先生のご実家はお医者さんの家で、かと言って、すごい外車があったりという様な派手な雰囲気なんて一つもないお家だった。
古びた木の家の玄関を上がり、右の部屋の扉を開けると、手作りのスリッパが並んでいた。
それは、クロスステッチという昔はやった刺繍で、黄や赤のバラの花の花びらが、微妙な色合いを変えた糸で一つ一つ丁寧に縫われていた。緻密な作業は花を立体的に見せるので、私はその事に何故かピアノ以上に興奮していた。レッスン室に入って挨拶をすると、先生はいつもめがねの奥からちょっとだけニコッとして「こんにちわ」と仰るけれど、前の人がものすごく怒られていると、おそるおそるドアを開けて入っていた。

レッスン室には、窓ガラスから西日が差し込んでいた覚えがある。午後のレッスンの事が多かったからだろう。
廊下の奥の部屋はいつもシンとしていて、本や、手芸や音楽を好む静かなインテリのお家だった。
でも、なんというか・・・恥ずかしい事に私にはあまりレッスンした曲の思い出がない。イタリアンコンチェルトという曲を小学生の頃、発表会で弾いた記憶位だけだ。

実はあれから半世紀?!以上経った今でも、私はまだ当時の楽譜を数冊捨てずに持っていて、楽譜の値段も百何十円?!とか驚くばかり!当時の先生の楽譜への書き込みに胸が熱くなる・・・

そういうレッスン室の空間や、断片的な発表会の記憶しかないのに、とにかく続けて来たという事だけは残っていた。
止めるってすごく簡単な事なのだ。止めた瞬間に今まで積み上げて来た事も、全部終わりになる事だけは、はっきりしている。だんだんそうやって時間を巻き戻していると、自分の気持ちも落ち着いて、見えて来た。

「ピアノも音楽も今は楽しいとは思えない。けれどとにかくずっと続けて来た。だからこれからも多分ずっと止めない。」
自分のピアノへの気持ちが底に着きそうになった時、遂にUターンして気持ちが上がり始めた。今度ばかりは逃げる気がしなかった。
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最初のピアノの先生 その6(中学時代)

遂にピアノを続ける事に限界を感じたある日、私はどこからか帰って来た母親を、玄関で呼び止めた。
「ピアノ、もう止めたいんだけど・・・」
「・・・・・」
母は、遂に切り出されたかと言う様な顔をした。
「お母さんは、大体何で子供達にピアノを始めさせたの?同級生のI先生が生徒を集めていたから?」
私がそう聞くと母はこう答えた。
「それもあるけど自分の経験からよ。私は小さい頃、ピアノを習った事がなかったから、ピアノが弾けたらいいな・・・と思って大きくなってからちょっとだけ習いに行ったのよ。でも上手くならなかった。ピアノって小さい時からやらないと駄目だって、その時、心底思ったの。だからIさんがピアノを静岡でも教えるという話を聞いて、いいチャンスと思って子供達に始めさせたのよ。」

「でもね、今、本当にピアノがイヤ。止めたいんだけど・・・」
と私が言うと、母はしばらく黙っていて、こんな風に答えた。
「まあね・・・いつかそう言って来るだろうとは思っていたけど。ただね、女の人が例えばこれから学校が終わって結婚してってなって行くとするじゃない?その時に、なんか自分のものがあるといいと思ってね。
ま、それがピアノで良かったかどうかはわからないけど。でもまぁ、そう思って始めさせたら、あんただけが今日までずっと続けて来たから、このまま行けばと思っていたけれど・・・仕方ないわね。そこまでイヤなら好きにしなさい。」

人間って不思議。もし「何、言っているのよ、ここまで続けて来て。止めちゃったら駄目でしょ!」
と言われたら、その瞬間に私の中のダムは決壊し、そこでピアノは終わっていたかもしれない。
けれど「女の人がこれから・・・何か自分のものがあるといいと思って。」
の、くだりは妙に自分の心の中にグイと食い込んで来た。

母は若い時、確か十代で母親を亡くしているのもあってか、子供にも自分の事は自分で考えてやりなさいタイプであった気がする。我が家は人の出入りも多くて、母は毎日の様に人の世話や相談、用事等に明け暮れていたので、普通の母親というよりはどこか公人?という様な感覚も私にはあった。だから今回の事も所詮自分で決めるべき事だから、とは思っていた。けれど黙って止める訳にも行かないし、思わず気持ちをぶつけていた。
すると、この時母は、私の悩みを受け止めてくれて、自分の経験を話し、さらには直球を投げて来た気がする。
「自分が一生向き合えるものを持ち続ける事は大事じゃないの?」
正面から問いかけられた思いがした。
しかも、最後に「止めてもいい。」の逃げ道も作ってくれた。
でもこの時、私は完全にむしろ逃げ道を失った!

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