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2019-08

静岡から見る富士山2

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少しこの画像は富士山が遠いですね~ご勘弁を。しかもだいぶ日が傾いてからの画像です。
これは清水港からの富士山。私が子供の頃から慣れ親しんだ富士山は、こんな風に駿河湾の向こうにいつも気品良くたたずんでいました。先程韮山から見た富士山をアップしましたが、、その宝永山は清水から見ると富士山の右側に少し盛り上がった形をして見えるのです。つまり、荒々しい火口は見えません。左右ほぼ対称に流れるように裾野が広がり、夕方になると、日によってはこの富士山頂付近の雪が薄紅色に染まって行くのですが、それはそれは素晴らしい光景です!

子供の頃は、もう少し画像右側の灯台のある岸壁で、近所のおじさんに連れて来てもらって釣りもしました。いえ竿も何も要らないのです。ただ釣り針に餌をつけて釣り糸を海に垂らして行くと、すぐ手ごたえがあって、小鯵が釣れたんです。

それから、昔はポンポン船と言って(小さな船のエンジンの音?!)ポンポンと音がする船に乗って、対岸の三保に渡ったものです。三保は天女の羽衣の松で有名ですね。でも、そちら側は駿河湾に面した外海で危険な為、遊泳禁止。
三保は地図で見たら良くわかりますが、砂嘴(さし)と言って、小さな半島のように突き出ているので、その内側が海水浴場となっていて、よく泳ぎに行ったものです。でも、内海は波はなくて良いけれど、清水港は貿易港で結構油が浮いていたりできれいじゃないといって、真崎海岸という、結構、外海に近い方の海の家に行って泳ぎました。
けれど、やはり潮の流れがかなり速いんです。それで、皆その辺の事は承知していて、海の家の目の前からは海に入らず、潮の流れに逆らって海岸をしばらく歩いて、そこから海に入りました。そうすると自然に流されて、そろそろ海から上がりたい頃、その海の家の前辺りに到着しているんです。更に、ここの海は急深です。海岸から比較的近くで突然足が立たなくなるんです。ですから、親もかなり大きくなるまでは、子供同士で海に行くのは許してくれなかった覚えがあります。でもそんな思い出も束の間・・・学校にプールが出来て、海に泳ぎに行く事も少なくなりました。

東京に住んでみて、何気なく毎日のように見ていた景色が、とても贅沢だった事に気づかされます。

この後、富士山の頂上が笠雲のような雲で覆われ、私が何気に「あ、お天気崩れそうだわ。」とつぶやいたら、後で友人が、「富士山の表情でお天気がわかるなんてホント、素敵。」とメールで書いてきてくれました。
そんな風に、毎日のお天気も何気なく眺める富士山で感じていたのだと、逆に気づかされました。
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コメント

 ♪富士は日本一の山~

ゆりこさんは写真の撮り方が上手ですね。
美しい富士の姿を有難う。

羽衣の松、魚釣り、こどもの時のお話を興味深く読みました。よく覚えてますねえ。

海水浴・・・そういえば子どもの頃はよく泳ぎに行きましたよね。
ヒラヒラしたスカートの水着を着ませんでした?

静岡で幼児時代、少女時代を過ごした私は、静波海岸に出かけた思い出があります。潮の流れが速いといえば、ゆりこさんとは別の意味で思い出すことがあります。海の家から真っ直ぐ海に入り、良い気分で泳いでいた中学生の私、ラッコみたいに仰向けでぷかぷかと浮かんでいました。
それほど時間がたったとは思えないのに、立ち上がった時気づいたのです。出発した海の家ははるか彼方にあるのです。周囲には誰もいない。急いで戻ろうと泳ぐのですが、全然進まなくて、それどころか足元の砂がさらさらと沖に向かって流れていくような感覚。
泳いでなんかいられなくて、立ち上がり猛ダッシュで水の中を浜辺まで走り、熱い砂を踏みながら知った顔がいる海の家にたどり着きました。生還!
ゆりこさんのおかげで(?)、怖い体験を思い出しました。(!?)

私は田舎の小学校に通っていたので、水泳の時間は近くの「藁科川」がプールがかりでした。泳いでいて、ふと目を横にむけたら、5センチくらいの魚が私達に付き合って泳いでくれていました。「はや」という名前でその魚を呼んでいたと思います。それにしても当時の担任の先生は50人以上の児童を連れて川まで行き、水泳の授業をしていたなんて、今では考えられないような気もします。

長くなりました。富士の山についはまた書かせてね。

なおこさん、かなり危なかったですね~海も川も結構危ないんですよね。

私もまだ本当に小さかった子供の頃、興津の海で、大波を頭からかぶって恐かった思い出っていまだに覚えているの。

でも忘れず覚えているのは、なおこさんと同じ様な経験。ある程度泳げるようになった小学校高学年頃の事だったと思うのだけど、友人が海で浮き輪を流してしまったのね。振り向いたら、それがすぐ近くに浮かんでいたから、取ってあげようと思ったのよ。ところがそう簡単には行かなかった。学校のプールとは違うのよね。潮が軽い浮き輪を少しずつ運んで行ってしまう事をちゃんと理解していなかった。「あれ?!」と思った時、陸の方から、多分その子のおばさんだった?と思うけれど「もう浮き輪はいいから早く戻って!」って叫ぶ声が聞こえたの。けれど、自分でその時判断したのだと思う。もう足がつかない所に来ていたし、下手に今戻ったり慌てたら駄目だって。そして無我夢中で力の限り浮き輪めがけて泳いで、その浮き輪に飛びついた!その時の嬉しかった事!勿論その後も陸に向かって頑張って戻ったけれど、もし浮き輪にしがみつけなかったら危なかったっ!
こうやって身にしみて危険を自分で覚えたのかも。

今、思えば昔って結構すごい事、していると思いません?私達の時代には、もうやらなかったけれど姉達の時代は遠泳なんか学校の授業の中にあったみたいで・・・
責任問題がどうのこうの言われる昨今じゃ、先生方も連れて行けないでしょうね。

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