2017-06

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最初のピアノの先生 その7(中学時代)

そういうものなのかもしれない。私は今、いつでも自由にピアノを止められる環境になった瞬間、今までかれこれ10年、4歳の頃から二週に一度はピアノのレッスンを続けて来た事を思い出していた。

I先生のご実家はお医者さんの家で、かと言って、すごい外車があったりという様な派手な雰囲気なんて一つもないお家だった。
古びた木の家の玄関を上がり、右の部屋の扉を開けると、手作りのスリッパが並んでいた。
それは、クロスステッチという昔はやった刺繍で、黄や赤のバラの花の花びらが、微妙な色合いを変えた糸で一つ一つ丁寧に縫われていた。緻密な作業は花を立体的に見せるので、私はその事に何故かピアノ以上に興奮していた。レッスン室に入って挨拶をすると、先生はいつもめがねの奥からちょっとだけニコッとして「こんにちわ」と仰るけれど、前の人がものすごく怒られていると、おそるおそるドアを開けて入っていた。

レッスン室には、窓ガラスから西日が差し込んでいた覚えがある。午後のレッスンの事が多かったからだろう。
廊下の奥の部屋はいつもシンとしていて、本や、手芸や音楽を好む静かなインテリのお家だった。
でも、なんというか・・・恥ずかしい事に私にはあまりレッスンした曲の思い出がない。イタリアンコンチェルトという曲を小学生の頃、発表会で弾いた記憶位だけだ。

実はあれから半世紀?!以上経った今でも、私はまだ当時の楽譜を数冊捨てずに持っていて、楽譜の値段も百何十円?!とか驚くばかり!当時の先生の楽譜への書き込みに胸が熱くなる・・・

そういうレッスン室の空間や、断片的な発表会の記憶しかないのに、とにかく続けて来たという事だけは残っていた。
止めるってすごく簡単な事なのだ。止めた瞬間に今まで積み上げて来た事も、全部終わりになる事だけは、はっきりしている。だんだんそうやって時間を巻き戻していると、自分の気持ちも落ち着いて、見えて来た。

「ピアノも音楽も今は楽しいとは思えない。けれどとにかくずっと続けて来た。だからこれからも多分ずっと止めない。」
自分のピアノへの気持ちが底に着きそうになった時、遂にUターンして気持ちが上がり始めた。今度ばかりは逃げる気がしなかった。
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